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違いを強調するのが広告のはず。特に比較広告では違いを具体的に並べるから意味がある。ところが違いではなく、ライバル商品と「同じだ」を強調する比較の手法があった。これを確認比較と名づけた。一体どんなものか? |
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広告の実際
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「45%の人がペプシを選びました」
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「読売新聞」昭和59年4月22日 |
例えばペプシの広告。「45%の人がペプシを選びました。」という不思議な広告だ。「あちらよりすごい!」というなら比較広告だ。ところがこの広告ではペプシの方は、えっ?半分以下?なんだこれは?だから背景を理解できない人々から「アンケートで負けてもCMとなる珍作」とまで酷評されたのである。 ところでこの比較テストは都内6個所、600人を対象に行ったというが、その結果が45%。その上に「ペプシを選んだ人がなぜあんなにビックリしたのでしょう。」とまで言ってしまうのだからスゴイ。 ペプシを選んで「なるほど」なら分かる。しかしビックリされ、意外そうな顔をされたのだ。するとペプシは膨大なアンケート作戦を繰り広げて一体なにを比較したかったのだろう。 不思議な比較の意味が解けてきた。この時代(昭和30年代)ペプシはコカコーラから大きく引き離されていたのだった。ペプシの市場調査でも、所詮あの有名なコカコーラの物まね品、三流品と受け取られていたことが分かっていた。その上にペプシは「薬臭い」、「甘ったるい」とまで。 でもそんなに違いがあるのだろうか。社内での比較テストでは五分五分だったという。するとこの比較は「違うんだ」ではまずいことになる。消費者は誤解かもしれないが、すでにコカコーラと違って薬臭い、コカコーラとは「違うんだ」と感じていたのだから。 そこで現れたのがこの目隠しテストだ。「えーっ、味は同じだったのか。イヤこれは驚き!」と理解させ直し、確認させる手法、これが「確認比較」なのである。
「日本車の燃費と比べてください。」
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「日本経済新聞」 平成4年3月4日 |
GMの比較広告。「キャデラックセビルの燃費とインフィニティの燃費、比べてください」とある。 じゃあキャデラックとニッサンの高級車を比べてみようか。数字を比較するとナニナニ、驚いたことに高級外車が日本車の燃費とまったく同じ!。アメ車も実は日本車と同じガソリンで走れるんです。これがこの比較広告の意味なのだ。「同じガソリン」がこの主張、すなわち「同じだ」という確認比較である。 この情報は驚きのはずだが、当時(平成4年3月)は別のショックを与えていた。「かつてのアメリカの象徴がここまでやるか」「栄光のキャデラック哀れ」「ニッサンは余裕しゃくしゃく」といった。あるいは「同じ物なら売るなといいたい」とまで。 しかしGMの方はこういう。「アメ車は大きすぎる、燃費も悪すぎると日本人は信じている。しかしそう言う人々のほとんどがGM車に乗ったことがない人。事実を知ってもらい、既成の概念をかえてもらえれば・・・」 そしてこの「確認比較」の効果はどうだったか?他の輸入車全体が前年の同月比20%近くマイナスだったのに、GMだけが7〜18%伸びたという。
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